AYA chan
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日本は東北、福島県会津から一座の山を越え、車で1時間。
彼女の実家は、西会津、野沢にあります。
遠方から来た人の為の、村の大きな休憩所兼、お土産屋さんは「よく来らったなし、寄ってがんしょ」という看板を高々と掲げております。


彼女の実家は酒屋。その名も『コナヤ』。漢字で書くと米屋。若しくは、※屋。
酒屋だけど、米屋。
お酒や米だけでなく、畑肥料や工具、日用品やお菓子など、取り扱うものは(数知れず。)
お店の玄関先には、NASAと言う4文字がコンクリートに記している。
ここは、アメリカでもなく、宇宙でもなく、野沢のNASA。(てっちゃん談←母の弟。)

母の父(私のおじいちゃん)は彼女が12歳の時に病気で(死んで)しまったので、母の母(おばあちゃん)は女手一つで3人の子供を育てあげ、いつしか、私が生まれた。

私は、野沢の家が大好き。

100年以上?の歴史ある大きな家。
高い天井、柱がむき出しになっている。
一歩中に入ると、埃や黴や段ボールのや、何十年もの間行き来した人々の独特の匂いがする。
懐かしい匂い。

色あせた茶色い木の床は所々軋む。
むき出した柱には、クモが巣を張り巡らしている。
酒やジュースやタバコが入った段ボールが処狭しと場所を占領し、狭くなった長い廊下。
何枚かの板を置いただけの玄関と思われる場所の正面には、大きな扉の蔵。
蔵は裏庭にもある。
靴を脱ぐと大きな仏壇のある部屋が目の前に広がる。
仏壇の上を見上げると、あちらの端からこちらの端まで白黒写真の知らない顔がこちらを見下ろしている。

仏壇の前の座布団に正座をし、ぽっくりと銀の金を鳴らし、ご先祖様に手を合わせる。

長い廊下の奥へ行くと、入った事のない部屋がある。
こんなところに部屋なんてあるの?
入り口が超狭い、曾おばあちゃん(なぜかみんな、高田のおばんちゃと呼んでいる)の部屋がある。
もう亡くなってしまわれた。

その隣には、掘りごたつと、鳩時計の部屋。

180℃方向転換すると、幅が狭い、急な階段。
階段にはまだ上らない。

奥へ行くと、台所。
冷蔵庫が2つ。
蛇口をひねると氷水のようなひゃっこい冷水が出る。

まだまだ廊下を進むと、左手には、カメムシと一緒に入る大ーきなお風呂。
右手には、男子用と女子用とが分かれている、ぼっとん便所。
正面は裏庭へ続く大きな裏口。

トイレの奥に、もう1つ、うすぐらい裏階段がひっそりとある。
こんなところに階段があるなんて思わない幼子は、たまに落ちたりして、大泣きをする。

この裏階段を上って二階へ上がる事にしよう。

階段を上がると、左手にはてっちゃん(お母さんの弟)の部屋。何故か大きなピアノがある。そして汚い。
ものを跨いで奥のピアノで猫踏んじゃったを弾くのが好きだった。

左手は、大きな畳の部屋。ここは何の部屋なんだろう。お客さんが寝る部屋?
その隣は、お母さんさんと祐子ちゃん(お母さんの妹)の部屋。

祐子ちゃんが若い時に読んでた一昔前の独特なタッチの漫画を私も譲り受けて何度も読んだ。

廊下を先へ進むと、狭いベランダ。危険だから近づかない。
そして、さっきの急な本階段が一階へと続く。


玄関の正面にあった蔵には弟とケンカしたら怒られて、てっちゃんに入れられてた。
会津の家の小屋の何十倍も広い蔵。二階もある模様。怖くて行った事がない。

玄関を横目で見ながら、まだ続く道がある。
裏庭へと続く脇道が家の中にあるのだ。
ここもやはり段ボールがたくさん積み上げられていて、すごく狭い。
その道を辿ると、途中、背丈にもなる草が生い茂ってオニヤンマと一緒に通り抜けると、広い裏庭へと続く。

昔、裏で犬を飼っていた。てっちゃんが子供のとき拾って来た犬だ。名前は、、
すごく怖い。人間が通ると、必ず吠える。
いつも車を裏に止めるから、裏から家へ入る時は、この犬の目の前を通らなければならなく、敵意むき出しに鳴くのでこわくてこわくて、家に入れなかったこともある。


子供のとき、いつもお店の手伝いをしていた。
タバコを並べたり、店番したり、はたけで埃を払ったり、値札をはったり、てっちゃんの配達に着いて行ったり。
そうすると、お駄賃として店の冷凍庫から昔ながらのアイスを選んで食べさせてくれるから。
私はいつも生のレモンがのった、氷のシャーベットのレモンを選んでいた。

夜が一番怖い。何より、ぼっとん便所が怖い。
小さい傘を頭にかぶった、オレンジの電球灯の明かりだけで、トイレを目指す。
トイレの電球もかなり薄暗い。蛾がたかることもある。
ぼっとん便所に落ちないように、細心の注意を払いながら用を足す。緊張。
お尻を生暖かい風がなでる。もちろん、かなり匂う。
そしてまたあの長い廊下を帰らなければならない。
いつも息を殺して、煌煌とする白い照明の、みんなの笑い声がする方だけを見て走っていた。


夏休み。
太陽の日差しで全身小麦色になりながら、鬼ヤンマや蝉を追いかけ回す。
夜は、たくさんの虫の声と、風の音と、一階の店の冷蔵庫が唸る声、耳元を往復する蚊のプーンという音で眠る。
いわはらの美味しい美味しいかき氷や、はるよしのソースカツ重を何度も食べた。
さゆり公園のプール。
墓地に行って、そこにある何十石ものお墓は全てご先祖様。1つ1つお供え物をする。
太鼓や笛の音が村に鳴り響く盆踊り大会。
お祭り時は、法被を来たてっちゃんが神輿を担いだり、店番したり大忙し。


冬休み。
辺り一帯が真っ白。大きな綿雪がぼとっ、ぼとっと落ちて来る。
何枚も毛布を重ねて、家を通り抜ける冬の風で冷たくなった顔だけ出して、眠る。
背筋を伸ばして仁王立ちできるくらいの大きなかまくらがある雪祭り。
筒状の石油ストーブを囲って、年齢層がだいぶ高いお客様と世間話。


二両の電車が止まる無人駅。
反対ホームに行く時は、線路を跨いで歩くよ。
夏は蒸気機関車も走るよ。


こんな小さな村で、大きな大きな自然の中でたくさんの時間を過ごした私にとって、東京なんて、上海なんて、世界なんて本当にあるのか、異国の地そのものだった。
今でも、上海の街に野沢で過ごした、あの頃見た景色や、純粋な思いの欠片を探す時もある。
あの頃から、もう幾つも季節を重ね、歳をとり、様々な人に出会って、これまで感じたことなかった思いも全身で感じて来た。

でも故郷は、あの場所にあって、あの頃の私の面影をいつでも再現してくれる。

だから、忘れないように、その面影を追って、またそっと心にしまう。

このままじゃ一生大人になれないかも。
日本は東北、福島県会津から一座の山を越え、車で1時間。
彼女の実家は、西会津、野沢にあります。
遠方から来た人の為の、村の大きな休憩所兼、お土産屋さんは「よく来らったなし、寄ってがんしょ」という看板を高々と掲げております。


彼女の実家は酒屋。その名も『コナヤ』。漢字で書くと米屋。若しくは、※屋。
酒屋だけど、米屋。
お酒や米だけでなく、畑肥料や工具、日用品やお菓子など、取り扱うものは(数知れず。)
お店の玄関先には、NASAと言う4文字がコンクリートに記している。
ここは、アメリカでもなく、宇宙でもなく、野沢のNASA。(てっちゃん談←母の弟。)

母の父(私のおじいちゃん)は彼女が12歳の時に病気で(死んで)しまったので、母の母(おばあちゃん)は女手一つで3人の子供を育てあげ、いつしか、私が生まれた。

私は、野沢の家が大好き。

100年以上?の歴史ある大きな家。
高い天井、柱がむき出しになっている。
一歩中に入ると、埃や黴や段ボールのや、何十年もの間行き来した人々の独特の匂いがする。
懐かしい匂い。

色あせた茶色い木の床は所々軋む。
むき出した柱には、クモが巣を張り巡らしている。
酒やジュースやタバコが入った段ボールが処狭しと場所を占領し、狭くなった長い廊下。
何枚かの板を置いただけの玄関と思われる場所の正面には、大きな扉の蔵。
蔵は裏庭にもある。
靴を脱ぐと大きな仏壇のある部屋が目の前に広がる。
仏壇の上を見上げると、あちらの端からこちらの端まで白黒写真の知らない顔がこちらを見下ろしている。

仏壇の前の座布団に正座をし、ぽっくりと銀の金を鳴らし、ご先祖様に手を合わせる。

長い廊下の奥へ行くと、入った事のない部屋がある。
こんなところに部屋なんてあるの?
入り口が超狭い、曾おばあちゃん(なぜかみんな、高田のおばんちゃと呼んでいる)の部屋がある。
もう亡くなってしまわれた。

その隣には、掘りごたつと、鳩時計の部屋。

180℃方向転換すると、幅が狭い、急な階段。
階段にはまだ上らない。

奥へ行くと、台所。
冷蔵庫が2つ。
蛇口をひねると氷水のようなひゃっこい冷水が出る。

まだまだ廊下を進むと、左手には、カメムシと一緒に入る大ーきなお風呂。
右手には、男子用と女子用とが分かれている、ぼっとん便所。
正面は裏庭へ続く大きな裏口。

トイレの奥に、もう1つ、うすぐらい裏階段がひっそりとある。
こんなところに階段があるなんて思わない幼子は、たまに落ちたりして、大泣きをする。

この裏階段を上って二階へ上がる事にしよう。

階段を上がると、左手にはてっちゃん(お母さんの弟)の部屋。何故か大きなピアノがある。そして汚い。
ものを跨いで奥のピアノで猫踏んじゃったを弾くのが好きだった。

左手は、大きな畳の部屋。ここは何の部屋なんだろう。お客さんが寝る部屋?
その隣は、お母さんさんと祐子ちゃん(お母さんの妹)の部屋。

祐子ちゃんが若い時に読んでた一昔前の独特なタッチの漫画を私も譲り受けて何度も読んだ。

廊下を先へ進むと、狭いベランダ。危険だから近づかない。
そして、さっきの急な本階段が一階へと続く。


玄関の正面にあった蔵には弟とケンカしたら怒られて、てっちゃんに入れられてた。
会津の家の小屋の何十倍も広い蔵。二階もある模様。怖くて行った事がない。

玄関を横目で見ながら、まだ続く道がある。
裏庭へと続く脇道が家の中にあるのだ。
ここもやはり段ボールがたくさん積み上げられていて、すごく狭い。
その道を辿ると、途中、背丈にもなる草が生い茂ってオニヤンマと一緒に通り抜けると、広い裏庭へと続く。

昔、裏で犬を飼っていた。てっちゃんが子供のとき拾って来た犬だ。名前は、、
すごく怖い。人間が通ると、必ず吠える。
いつも車を裏に止めるから、裏から家へ入る時は、この犬の目の前を通らなければならなく、敵意むき出しに鳴くのでこわくてこわくて、家に入れなかったこともある。


子供のとき、いつもお店の手伝いをしていた。
タバコを並べたり、店番したり、はたけで埃を払ったり、値札をはったり、てっちゃんの配達に着いて行ったり。
そうすると、お駄賃として店の冷凍庫から昔ながらのアイスを選んで食べさせてくれるから。
私はいつも生のレモンがのった、氷のシャーベットのレモンを選んでいた。

夜が一番怖い。何より、ぼっとん便所が怖い。
小さい傘を頭にかぶった、オレンジの電球灯の明かりだけで、トイレを目指す。
トイレの電球もかなり薄暗い。蛾がたかることもある。
ぼっとん便所に落ちないように、細心の注意を払いながら用を足す。緊張。
お尻を生暖かい風がなでる。もちろん、かなり匂う。
そしてまたあの長い廊下を帰らなければならない。
いつも息を殺して、煌煌とする白い照明の、みんなの笑い声がする方だけを見て走っていた。


夏休み。
太陽の日差しで全身小麦色になりながら、鬼ヤンマや蝉を追いかけ回す。
夜は、たくさんの虫の声と、風の音と、一階の店の冷蔵庫が唸る声、耳元を往復する蚊のプーンという音で眠る。
いわはらの美味しい美味しいかき氷や、はるよしのソースカツ重を何度も食べた。
さゆり公園のプール。
墓地に行って、そこにある何十石ものお墓は全てご先祖様。1つ1つお供え物をする。
太鼓や笛の音が村に鳴り響く盆踊り大会。
お祭り時は、法被を来たてっちゃんが神輿を担いだり、店番したり大忙し。


冬休み。
辺り一帯が真っ白。大きな綿雪がぼとっ、ぼとっと落ちて来る。
何枚も毛布を重ねて、家を通り抜ける冬の風で冷たくなった顔だけ出して、眠る。
背筋を伸ばして仁王立ちできるくらいの大きなかまくらがある雪祭り。
筒状の石油ストーブを囲って、年齢層がだいぶ高いお客様と世間話。


二両の電車が止まる無人駅。
反対ホームに行く時は、線路を跨いで歩くよ。
夏は蒸気機関車も走るよ。


こんな小さな村で、大きな大きな自然の中でたくさんの時間を過ごした私にとって、東京なんて、上海なんて、世界なんて本当にあるのか、異国の地そのものだった。
今でも、上海の街に野沢で過ごした、あの頃見た景色や、純粋な思いの欠片を探す時もある。
あの頃から、もう幾つも季節を重ね、歳をとり、様々な人に出会って、これまで感じたことなかった思いも全身で感じて来た。

でも故郷は、あの場所にあって、あの頃の私の面影をいつでも再現してくれる。

だから、忘れないように、その面影を追って、またそっと心にしまう。

このままじゃ一生大人になれないかも。
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