AYA chan
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4月1日の日記はエイプリルフールなので嘘つきhassyになりました。
エイプリールフールに初めてこんなにたくさん嘘ついた。
でもホントにそうだったら良いなという嘘たちばかりでした。
うそついてごめーーーん ね!!

さて、
最近またflickrが見れるようになった。

またいつ見れなくなってしまうかわからないので、ここぞとばかりに今まで溜め込んでいた写真をアップしてみる。

写真。
学生の時からなんとなくだが、(たぶん高校の時に見た広末涼子さんが出ていた映画の影響)
カメラをちゃんと使いこなして、写真を撮ってみたかった。
今でもまだまだ使いこなせてはいないが。

でもなかなか始められずに、上海に来てやっと本格的に始める時がきた。
本格的にといっても趣味範囲ではあるが。

まず、リコーのGRDちゃんを購入したが、この子は台湾であやちゃんの手を離れ、旅に出てしまった。なくしたってことね。

めちゃくちゃ反省をし、それから3ヶ月後にオリンパスのPENくんを購入。

それから、上海の街や人の写真を撮っている。

自分の中で本格的に写真を始めて、9ヶ月。
あ、一時手を離れていった子がいたから6ヶ月か。

今では始めた当初よりもますます写真が面白くなって来ている。
上手くもなってる!?えへへ:)

前までは、ただただ、あ、これおもしろい!って言ってカシャカシャ(私のカメラはパシャッって音じゃなくて、カシャッって音がするのだ)撮ってたけど、
今は、なるべくきれいなものやおもしろいものの中に中国や、上海の要素を入れてなるべく撮りたいなって...

というふうに思うのは...すごーく長い話になってしまうのだが...


この間日本に帰って、もちろんカメラも一緒に連れて帰って、日本でも写真を撮るぞと意気込んでいた訳だが、いざカメラを構えてみてもグッとこない。パッとじゃなくてグッと。...こない。

それでもなんとなくシャッターを押してはみるものの、三角矢印ボタンを押して確認しても全然グッこない。

そして思ったのが、私が上海(中国)で生活してるからかなと。←漠然とし過ぎ意味がわからないですね。
それはきっと、私の気持ちが、日本の精神じゃなくて、中国の精神になっていたからかなと。
そしたらそれってすごくおもしろいなと思って来た。

どういうことかというと、
日本の「日本だ!」って部分(「和」的な!?)って、無意識に街に、人に溢れているんだと思う。だって、日本だから。日本人だから。
そこが外からくる外国人にとっては魅力的で面白いとこ。
街も人が創っている訳だから、その土地の、国の人々の精神や魂が宿る。
日本人によく大事にされていると一般的に言われている、と思う、
礼儀とか謙虚とか淑やかさとか遠慮とか真面目とか...
たぶん、そういう日本人特有の精神というものが何気なく街を通して現れる部分があるような気がする。
というか、世界各国、そうだと思う。

日本は街がきれいだし、電車は時間通りに来るし、建物が丈夫だし、物もあまりすぐ壊れないし、、、なんかいちいち丁寧。

中国で生活していると、上海に限られてしまうが、
その土地にあった生活習慣に気持ちも変化して来る。
良いか悪いかは別として、日本に住んでいた日本人だから感じる事であるが、
声が大きい、気が強い、主張が強い、お金の執着心が強い、大胆、譲り合いの精神が薄い、時間を守らない、人との距離が一度縮まるとすごく仲良し、そうなるとこっちの意見もおかまいなくすごく親切、、、など。。
あとは、交通が危ない、家の造りがなってない、街というか、ゴミが汚い、食べ物に少しおびえる、、、そしていちいち適当。(悪いように聞こえてごめんなさい。けど、中国大好きだよ!)

そして、そういった部分が街にも現れてる。だからおもしろい、シュール。
今じゃそういう生活にすーごく慣れて、それが当たり前になって、むしろ、面白かったりするのだが。
こっちまで適当になっちゃう。ま、いっか、中国だものって。むしろじゃないとやっていけない気がする。
そして、気持ちも「和」的な精神よりも「華」的な!?(和の反対語になりそうな単語って何?わかんないから中華の華で表します)精神になってくる。

話が戻ります。
日本人の心を持つ20代女子が「華」の精神で、きれいだったり、面白かったり、ぐちゃぐちゃだったりを撮る事に慣れてしまった。
例えば、そうだなー
ぐっちゃぐっちゃな工事現場にいるなんだかんだ言って楽しそうな工事のおっちゃんたちの姿の奥に超高層マンションが建ちならんで...とか。
たとえが変だ。
そして、そういう精神状態で帰国したものだから、日本の「和」的な、私にとって魅力的だなとかおもしろいなって感じる部分を街で発見しても、写真にうまくおさめられない。
撮り方がまずいのか、私の感覚のピントが合っていないのか。
なんかきれい過ぎて、丁寧過ぎて、きちんとしていて、どう写していいのかわかんなくなっちゃったのかな。

いつも中国できれい過ぎてとか、丁寧過ぎてとか、きちんとし過ぎててとかあまり撮らないから。
というかあまり遭遇しない。

こんなにだらだらと長く書いといて、ここにきて私、何言ってるのか自分でわかんなくなっちゃった。w


でもそういう発見が面白かった。
なるほどな〜って。その土地に宿る魂で写真を撮る。
写真って、光や影や角度や距離で全く違うものになるけど、気持ちやテンションもちゃんとカメラは写してくれるんだなーって最近なんとなくだけど、すこーしわかった気がした。
だから、私今せっかく中国にいるのだから、ただ、おもしろいとか思うものを撮るのではなくて、
そこにちゃんと中国要素を取り入れて写真にしたい。と思った。
中国要素って...なんだろ。
ベタなものしか思いつかない。
まだまだ知らない中国がたくさんあるある!あーもっと発見しなきゃ!実は...的な。


ほんっっと長くなってしまった。何言いたいのか自分でもわからんちんになってしまったのに。
ここまで読んでくれたあなたってすごい!


写真、好きだなー。でもこれからは今よりもっと好きになりたい。

惚れたなって思うところって、シャッターを切ったその瞬間、一生に一度のその瞬間に、その場所で、その場にいた人たちがいて、そこで感じるものがあって、それをカシャッって音とともに自分の一部になるというか、記憶のピースにはまるというか、お家に持って帰ることができるし、それを手に取る事もできる。
そしてまたその場に行ったら、あのときの事を思い出すこともできる。誰かと同じときを共有することもできる。
わぁーーすげーーー。

これからも素敵な写真も、素敵じゃない写真もたくさん撮り続けたいと思います!



お わ り
4月1日の日記はエイプリルフールなので嘘つきhassyになりました。
エイプリールフールに初めてこんなにたくさん嘘ついた。
でもホントにそうだったら良いなという嘘たちばかりでした。
うそついてごめーーーん ね!!

さて、
最近またflickrが見れるようになった。

またいつ見れなくなってしまうかわからないので、ここぞとばかりに今まで溜め込んでいた写真をアップしてみる。

写真。
学生の時からなんとなくだが、(たぶん高校の時に見た広末涼子さんが出ていた映画の影響)
カメラをちゃんと使いこなして、写真を撮ってみたかった。
今でもまだまだ使いこなせてはいないが。

でもなかなか始められずに、上海に来てやっと本格的に始める時がきた。
本格的にといっても趣味範囲ではあるが。

まず、リコーのGRDちゃんを購入したが、この子は台湾であやちゃんの手を離れ、旅に出てしまった。なくしたってことね。

めちゃくちゃ反省をし、それから3ヶ月後にオリンパスのPENくんを購入。

それから、上海の街や人の写真を撮っている。

自分の中で本格的に写真を始めて、9ヶ月。
あ、一時手を離れていった子がいたから6ヶ月か。

今では始めた当初よりもますます写真が面白くなって来ている。
上手くもなってる!?えへへ:)

前までは、ただただ、あ、これおもしろい!って言ってカシャカシャ(私のカメラはパシャッって音じゃなくて、カシャッって音がするのだ)撮ってたけど、
今は、なるべくきれいなものやおもしろいものの中に中国や、上海の要素を入れてなるべく撮りたいなって...

というふうに思うのは...すごーく長い話になってしまうのだが...


この間日本に帰って、もちろんカメラも一緒に連れて帰って、日本でも写真を撮るぞと意気込んでいた訳だが、いざカメラを構えてみてもグッとこない。パッとじゃなくてグッと。...こない。

それでもなんとなくシャッターを押してはみるものの、三角矢印ボタンを押して確認しても全然グッこない。

そして思ったのが、私が上海(中国)で生活してるからかなと。←漠然とし過ぎ意味がわからないですね。
それはきっと、私の気持ちが、日本の精神じゃなくて、中国の精神になっていたからかなと。
そしたらそれってすごくおもしろいなと思って来た。

どういうことかというと、
日本の「日本だ!」って部分(「和」的な!?)って、無意識に街に、人に溢れているんだと思う。だって、日本だから。日本人だから。
そこが外からくる外国人にとっては魅力的で面白いとこ。
街も人が創っている訳だから、その土地の、国の人々の精神や魂が宿る。
日本人によく大事にされていると一般的に言われている、と思う、
礼儀とか謙虚とか淑やかさとか遠慮とか真面目とか...
たぶん、そういう日本人特有の精神というものが何気なく街を通して現れる部分があるような気がする。
というか、世界各国、そうだと思う。

日本は街がきれいだし、電車は時間通りに来るし、建物が丈夫だし、物もあまりすぐ壊れないし、、、なんかいちいち丁寧。

中国で生活していると、上海に限られてしまうが、
その土地にあった生活習慣に気持ちも変化して来る。
良いか悪いかは別として、日本に住んでいた日本人だから感じる事であるが、
声が大きい、気が強い、主張が強い、お金の執着心が強い、大胆、譲り合いの精神が薄い、時間を守らない、人との距離が一度縮まるとすごく仲良し、そうなるとこっちの意見もおかまいなくすごく親切、、、など。。
あとは、交通が危ない、家の造りがなってない、街というか、ゴミが汚い、食べ物に少しおびえる、、、そしていちいち適当。(悪いように聞こえてごめんなさい。けど、中国大好きだよ!)

そして、そういった部分が街にも現れてる。だからおもしろい、シュール。
今じゃそういう生活にすーごく慣れて、それが当たり前になって、むしろ、面白かったりするのだが。
こっちまで適当になっちゃう。ま、いっか、中国だものって。むしろじゃないとやっていけない気がする。
そして、気持ちも「和」的な精神よりも「華」的な!?(和の反対語になりそうな単語って何?わかんないから中華の華で表します)精神になってくる。

話が戻ります。
日本人の心を持つ20代女子が「華」の精神で、きれいだったり、面白かったり、ぐちゃぐちゃだったりを撮る事に慣れてしまった。
例えば、そうだなー
ぐっちゃぐっちゃな工事現場にいるなんだかんだ言って楽しそうな工事のおっちゃんたちの姿の奥に超高層マンションが建ちならんで...とか。
たとえが変だ。
そして、そういう精神状態で帰国したものだから、日本の「和」的な、私にとって魅力的だなとかおもしろいなって感じる部分を街で発見しても、写真にうまくおさめられない。
撮り方がまずいのか、私の感覚のピントが合っていないのか。
なんかきれい過ぎて、丁寧過ぎて、きちんとしていて、どう写していいのかわかんなくなっちゃったのかな。

いつも中国できれい過ぎてとか、丁寧過ぎてとか、きちんとし過ぎててとかあまり撮らないから。
というかあまり遭遇しない。

こんなにだらだらと長く書いといて、ここにきて私、何言ってるのか自分でわかんなくなっちゃった。w


でもそういう発見が面白かった。
なるほどな〜って。その土地に宿る魂で写真を撮る。
写真って、光や影や角度や距離で全く違うものになるけど、気持ちやテンションもちゃんとカメラは写してくれるんだなーって最近なんとなくだけど、すこーしわかった気がした。
だから、私今せっかく中国にいるのだから、ただ、おもしろいとか思うものを撮るのではなくて、
そこにちゃんと中国要素を取り入れて写真にしたい。と思った。
中国要素って...なんだろ。
ベタなものしか思いつかない。
まだまだ知らない中国がたくさんあるある!あーもっと発見しなきゃ!実は...的な。


ほんっっと長くなってしまった。何言いたいのか自分でもわからんちんになってしまったのに。
ここまで読んでくれたあなたってすごい!


写真、好きだなー。でもこれからは今よりもっと好きになりたい。

惚れたなって思うところって、シャッターを切ったその瞬間、一生に一度のその瞬間に、その場所で、その場にいた人たちがいて、そこで感じるものがあって、それをカシャッって音とともに自分の一部になるというか、記憶のピースにはまるというか、お家に持って帰ることができるし、それを手に取る事もできる。
そしてまたその場に行ったら、あのときの事を思い出すこともできる。誰かと同じときを共有することもできる。
わぁーーすげーーー。

これからも素敵な写真も、素敵じゃない写真もたくさん撮り続けたいと思います!



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